
「性犯罪歴があると分かったら、その日のうちに辞めてもらえるのだろうか」。日本版DBS(こども性暴力防止法)の準備を進める中で、経営者や園長、教室長の方からよく聞く心配です。結論からお伝えすると、日本版DBSが始まっても、解雇のルールそのものは変わりません。性犯罪歴が分かったという理由だけで、すぐに解雇が有効になるわけではないのです。この記事では、日本版DBSの解雇の注意点を、採用時の準備、解雇の前に検討すること、解雇の手続きの順に整理します。
日本版DBSでも、解雇のルールは変わらない
こども性暴力防止法は、2026年12月25日に施行されます。学校や認可保育所などは、法律で取り組みが定められています。学習塾やスポーツクラブなどの民間事業者は、国の認定を受けた場合に、同じ取り組みを行います。
この法律が事業者に求めているのは、性暴力のおそれがある人を「こどもと接する業務に就かせないこと」です。これを防止措置といいます。「解雇すること」を求めているわけではありません。
こども家庭庁の解説資料も、法律に基づく防止措置であっても、労働関係の法律の制約が免除されるわけではないと示しています。つまり解雇については、これまでどおり労働契約法のルールがそのまま当てはまります。
労働契約法16条は、解雇に「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方を求めています。どちらかが欠けると、その解雇は無効です。裁判で無効になれば、職場に戻すことに加えて、解雇していた期間の賃金をさかのぼって支払うことにもなり得ます。
性犯罪歴が分かったときの対応は、採用時の準備で分かれる
犯罪事実確認で特定性犯罪の前科が分かった場合、取れる対応は、採用のときに次の3つの準備をしていたかどうかで大きく変わります。
- 募集要項や求人票の採用条件に、特定性犯罪の前科がないことを明示している
- 誓約書や履歴書などの書面で、前科の有無を本人にはっきり確認している
- 内定通知書に内定取消しの理由として、就業規則に試用期間中の解約や懲戒の理由として、「重要な経歴の詐称」を定めて周知している
準備の有無による違いを、表にまとめます。
| 対象者 | 3つの準備をしていた場合 | 準備をしていなかった場合 |
|---|---|---|
| 内定者 | 経歴の詐称として、内定取消しを検討できる | 経歴の詐称を理由とする内定取消しは、直ちにはできない。こどもと接しない業務での採用を検討する |
| 試用期間中の人 | 経歴の詐称として、試用期間中の解約を検討できる | 内定者と同じ考え方。こどもと接しない業務を検討する |
| 現職者 | 経歴の詐称として、懲戒解雇などを検討できる | 経歴の詐称とはいえず、懲戒の対象にならない可能性がある。配置転換などを先に検討する |
現職者には、書面で確認していない人が多い
注意したいのは、施行や認定の時点ですでに働いている現職者です。採用のときに、性犯罪歴を書面で確認していないことが多いのではないでしょうか。その場合、前科が分かっても「うそをついて入社した」とはいえません。こども家庭庁の検討会資料でも、採用の過程で前科の有無を確認しているなどの事情がない限り、前科だけを理由にすぐ解雇することは一般に難しい、と整理されています。
準備をしていた場合でも、懲戒解雇が自動的に有効になるわけではありません。処分が重すぎないかは、個別の事情に照らして判断されます。
解雇の前に検討する4つの手段
経歴の詐称に当たらない場合、ガイドラインの対応フローは、まず「こどもと接する業務以外の仕事」に就けないかを検討する流れになっています。
- 業務の範囲や働く場所の見直し:業務の一部を変えれば、こどもと接しないようにできる場合
- 配置転換:こどもと接しない職種がある場合。職種を限定する合意があるときは、本人の同意が必要
- 出向:別の事業者で働いてもらえる場合。就業規則などに出向の定めが必要
- 転籍:別の事業者に籍を移す場合。本人の個別の同意が必要。断ったことだけを理由に解雇すると、無効とされるおそれがある
配置転換にも限界があります。業務上の必要性がない場合、いやがらせなど不当な目的による場合、本人の不利益が大きすぎる場合は、権利の濫用として無効になります。賃金が大きく下がる配置転換は、特に慎重な検討が必要です。
これらを十分に検討しても、ほかに選択肢がないときに初めて、普通解雇を検討します。ガイドラインの対応フローは、配置転換などを十分に検討したうえで解雇以外に方法がなかったという事情が、解雇の有効性を判断するときの重要な要素として考慮され得る、としています。ただし、最終的に有効かどうかを決めるのは裁判所です。配置転換先がない事業者の考え方は、日本版DBSで配置転換先がないときの防止措置と解雇の考え方で詳しく解説しています。
対応が決まるまでは、自宅待機で接触を避ける
対応を決めるまでに時間がかかるときは、その間、自宅待機を命じるなどして、こどもと接する業務から外します。自宅待機の間の賃金は、原則として支払いが必要です。こども家庭庁の解説資料でも、そのように示されています。
解雇を検討するときの6つの注意点
1. 普通解雇と懲戒解雇を分けて考える
懲戒解雇は、ルール違反に対する制裁です。経歴の詐称や、こどもへの性暴力があった場合に検討します。普通解雇は制裁ではなく、仕事を続けてもらうことができない場合の解雇です。前科は分かったが経歴の詐称には当たらず、配置転換先もない場面で検討するのは、普通解雇です。どちらに当たるかで、求められる根拠と手続きが変わります。
前科があること自体は、職場のルール違反ではありません。懲戒の理由になるのは、採用のときに偽ったこと(経歴の詐称)です。また、懲戒解雇は再就職にも響く重い処分のため、普通解雇よりも厳しく判断されます。
2. 就業規則に根拠があるかを確かめる
懲戒処分は、就業規則に懲戒の種類と理由を定め、従業員に周知していなければ行えません。これは最高裁の判例(フジ興産事件)で示されている考え方です。就業規則に書かれていない理由で、あとから懲戒解雇にすることはできません。普通解雇でも、就業規則に解雇の理由を定めている場合は、その理由に当たるかどうかが争いの中心になります。スタッフが10人未満の事業者にも就業規則の作成をおすすめする理由が、ここにあります。
3. 本人の言い分を聞き、記録を残す
懲戒の手続きを就業規則で定めている場合は、そのとおりに進めます。定めがなくても、本人に弁明の機会を設け、検討の経過を記録しておきます。争いになったときは、手続きが適切に踏まれていたかどうかも評価されます。代表者ひとりで決めず、複数の役員で話し合って決めることも大切です。役員自身に前科や不適切な行為があった場合の扱いは「役員に不適切な行為や犯罪事実があった場合」をご覧ください。
4. 解雇予告のルールは、懲戒解雇にも当てはまる
解雇するときは、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払います。「懲戒解雇だから即日でよい」とはなりません。予告も手当もなしに解雇するには、労働基準監督署長の認定(解雇予告除外認定)を受けることが必要です。
5. 退職金の不支給は、別に判断する
懲戒解雇にすれば、退職金は当然に払わなくてよい、というわけではありません。退職金を減らす、または支払わないことができるのは、退職金規程にその定めがある場合です。定めがあっても、全額を支払わないことが認められるのは、それまでの勤続の功を打ち消すほどの重大な背信行為があった場合に限られる、というのが裁判例の傾向です。電車内の痴漢行為で懲戒解雇となった従業員について、懲戒解雇は相当としつつ、退職金の3割の支払いを命じた裁判例もあります(小田急電鉄事件・東京高裁平成15年12月11日判決)。
6. 犯歴の情報を外に出さない
犯罪事実確認で知った情報は、目的外の利用や第三者への提供が法律で禁じられています。解雇や配置転換の理由を、ほかの従業員や保護者に話してはいけません。社内で情報に触れる人も、必要最小限にとどめます。
被害の申出や不適切な行為があった場合
防止措置が必要になるのは、前科が分かったときだけではありません。場面ごとに、取ってよい対応が違います。
- こどもや保護者から被害の申出があった段階:事実はまだ確かめられていません。この段階で、懲戒処分や、元に戻しにくい確定的な配置転換を行ってはいけません。自宅待機などで一時的に接触を避け、速やかに事実を確認します。
- 調査の結果、性暴力があったと合理的に判断される場合:就業規則の懲戒の定めに沿って対応します。懲戒解雇や諭旨退職以外の処分にとどめるときは、それだけではこどもとの接触を避けられません。配置転換などもあわせて行います。
- 性暴力には当たらないが、不適切な行為があった場合:初回で比較的軽いものは、まず指導や研修で改善を求め、経過を見ます。指導しても繰り返すときに、より厳しい対応を検討します。
いきなり重い処分にせず、段階を踏むことが、処分の有効性を支えます。どのような行為が「不適切な行為」に当たるのかを服務規律に定めておくこと、事情確認の進め方を決めておくことが、その前提になります。
有期雇用・派遣スタッフの場合
期間を決めて雇っている人を、期間の途中で解雇するには「やむを得ない事由」が必要です。期間の定めのない人を解雇する場合より、厳しく判断されます。詳しくは日本版DBSの配置転換と期間雇用をご覧ください。
派遣スタッフは、派遣元と雇用契約を結んでいます。派遣先である事業者が解雇することはできません。契約に基づいて、派遣元にスタッフの交代を求めることになります。このとき、犯罪事実確認の結果そのものを派遣元に伝えることはできません。「おそれがあると認めた」ことだけを伝えて交代を求められるよう、あらかじめ派遣契約に定めを置いておきます。
施行までに整えておきたいこと
- 募集要項・求人票に、特定性犯罪の前科がないことを採用条件として書く
- 誓約書などの書面で、前科の有無を確認する
- 内定通知書に、内定取消しの理由を書く
- 就業規則に、懲戒と試用期間中の解約の理由として「重要な経歴の詐称」を入れる
- 就業規則に、こどもへの性暴力と不適切な行為の禁止、犯罪事実確認の手続きに応じる義務を入れる
- 就業規則に、配置転換と出向の定めがあるかを確かめる
- 現職者に、前科が分かった場合はこどもと接する業務に就けないことを書面で伝える
- 退職金規程に、減額・不支給の定めがあるかを確かめる
こども家庭庁は、募集要項、誓約書、内定通知書、就業規則の参考例を公開しています。認定を受ける前の民間事業者向けの募集要項の例もあります。就業規則と防止措置のそろえ方は防止措置を就業規則と整合させる実務ガイド、採用の場面での対応は認定の有無で変わる、性犯罪歴のある求職者への対応もあわせてご覧ください。
よくある質問
性犯罪歴が分かったら、解雇しなければならないのですか?
いいえ。法律が求めているのは、原則としてこどもと接する業務に就かせないことです。業務の見直しや配置転換で対応できるなら、解雇は必要ありません。
誓約書を取っていなかった現職者に前科が分かりました。解雇できますか?
前科だけを理由にすぐ解雇することは、一般に難しいと考えられています。まず業務の見直しや配置転換などを検討し、それでも方法がない場合に、普通解雇を検討します。
懲戒解雇なら、その日のうちに辞めてもらえますか?
懲戒解雇でも、30日前の予告か解雇予告手当の支払いが原則です。予告も手当もなしに解雇するには、労働基準監督署長の認定を受けることが必要です。
まとめ
日本版DBSの解雇で押さえたい点は3つです。法律が求めているのは解雇ではなく「こどもと接する業務に就かせないこと」であること。解雇が有効かどうかは、これまでどおり労働契約法で判断されること。そして、取れる対応は、採用時の準備と就業規則で決まることです。施行後に慌てないよう、いまのうちに書類と規則を整えておきましょう。
解雇や処分が有効かどうかは、個別の事情によって変わります。判断に迷うときは、処分を決める前に専門家へご相談ください。日本版DBS認定運用サポートでは、社会保険労務士・行政書士・公認心理師の立場から、就業規則や採用書類の整備、防止措置の進め方をサポートしています。
認定申請に必要な規程と就業規則の整え方は、「日本版DBSの就業規則・社内規程整備」で整理しています。
まだ何も決まっていない段階でもご相談いただけます。初回のご相談は無料です。自社が対象になるかどうか、先に整える書類、着手する順番を確認できます。
公式資料
- こども家庭庁「こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)」(2026年10月5日確認)
- こども家庭庁「こども性暴力防止法施行ガイドライン」(令和8年9月改訂)
- こども家庭庁「こども性暴力防止法に関する解説動画・資料」(防止措置と労働法制等を踏まえた留意点、就業規則改正等の事前準備の留意点。2026年10月5日確認)
- こども家庭庁「こども性暴力防止法に基づく措置を行うに当たって活用できる各種ひな型・参考例」(2026年10月5日確認)
- こども性暴力防止法施行準備検討会 資料「こども性暴力防止法の安全確保措置③(防止措置)について」(令和7年5月)
- 労働契約法(第15条・第16条・第17条)、労働基準法(第20条)