
日本版DBS(こども性暴力防止法)というと、犯罪事実確認(性犯罪歴の確認)ばかりが注目されがちです。しかし、性犯罪歴の確認だけでは、前歴のない人による加害は防げません。そこで重要になるのが、性暴力に至る前の段階の行為、いわゆる「不適切な行為」を事業者として定め、早めに気づき、対応する仕組みです。
この記事では、こども家庭庁の「こども性暴力防止法施行ガイドライン」をもとに、不適切な行為の考え方、具体例、服務規律への定め方、認定申請や施行に向けて準備しておきたいことをまとめます。義務対象事業者の方にも、認定申請を考えている民間教育保育等事業者の方にも共通する内容です。
1.「不適切な行為」とは何か
ガイドラインでは、不適切な行為を、それ自体は児童対象性暴力等には当たらないものの、業務上必ずしも必要とはいえず、続いたりエスカレートしたりすることで児童対象性暴力等につながり得る行為と位置づけています。
ポイントは、不適切な行為は犯罪ではないということです。だからこそ、放置されやすく、気づいたときには関係が深まっていたということが起こり得ます。性暴力につながる前の段階で止めることが、不適切な行為を定める目的です。
2.ガイドラインが示す具体例
ガイドラインでは、場面ごとに、たとえば次のような行為が例示されています。
- 私的なコミュニケーション:児童等と私的な連絡先(SNSアカウント、オンラインゲームのアカウント、メールアドレス等)を交換し、私的なやり取りを行う
- 撮影:私物のスマートフォンや、ルール外の方法で児童等の写真・動画を撮影・管理する
- 密室:不必要に児童等と密室で二人きりになろうとする
- 身体接触:児童等に不必要な接触を行う
- 入浴・排せつ介助:児童等の発達段階や特性から考えて、不必要な介助を行おうとする
- 更衣:不必要に、更衣室や児童等が更衣中の部屋に入室する
- 特別扱い:特定の児童等に高価な金品を与えたり、正当な理由なく声掛けや態度を変えたりする
また、こうした行為に「執拗に」「児童等や保護者の意に反することを認識しながら」といった悪質性が高まる要素が加わった場合には、「重大な不適切な行為」に当たり得るとされています。
3.不適切な行為は「各事業者が自ら定める」
ガイドラインの例示は、あくまで例です。たとえば、水泳教室では更衣や身体接触の場面が多く、保育では排せつ介助が日常業務です。オンライン指導が中心の塾では、私的な連絡や画面越しの撮影が主な論点になります。同じ行為でも、業種や子どもの年齢によって「必要な行為」か「不必要な行為」かが変わります。
そのためガイドラインでは、各事業者が不適切な行為を定めるにあたり、必要に応じて専門家に相談するとともに、現場の従事者とコミュニケーションを図り、従事者が過度に萎縮しないよう留意しつつ、事業の実態に即して決めることが求められています。定めた内容は、従事者に周知徹底することが必要です。
実務的には、次のような手順で進めると、現場に根づくルールになりやすくなります。
- 経営層・管理者が、自社の業務の中で子どもと接する場面を洗い出す
- 現場の従事者と、どこまでが業務上必要な行為かを話し合う
- ガイドラインの例示と照らし合わせて、自社の不適切な行為を文章にする
- 服務規律・就業規則に反映し、懲戒規定との関係を決める
- 従事者、児童等、保護者に分かりやすく周知する
4.就業規則・服務規律への反映
不適切な行為を定めても、就業規則や服務規律と結びついていなければ、違反があったときに指導や処分の根拠になりません。服務規律に「従事者は、事業者が別に定める不適切な行為を行ってはならない」といった規定を置き、懲戒事由にも違反を位置づけておくことが考えられます。ただし、懲戒処分の程度は、行為の内容や回数、悪質性に応じて相当なものである必要があります。軽微な行為への重すぎる処分は、労働法上、無効と判断されるおそれがある点にも注意が必要です。
5.早期把握と対応の流れ
不適切な行為は、ルールを定めるだけでなく、早く気づける仕組みとセットで機能します。児童等への面談やアンケート、保護者や従事者が相談しやすい窓口、従事者同士で声を掛け合える職場の雰囲気づくりが大切です。
不適切な行為が把握された場合は、その内容や頻度、悪質性に応じて、指導や経過観察から、児童等と接する業務から外す措置まで、段階的な対応が考えられます。行為が続く場合や重大な不適切な行為に当たる場合には、法第6条の「おそれ」の判断にもつながり得ます。誰が事実を確認し、誰が判断するのかを、あらかじめ決めておきましょう。不適切な行為をしたのが役員だった場合の進め方は「役員に不適切な行為や犯罪事実があった場合」にまとめています。
6.研修で「なぜ不適切なのか」を共有する
不適切な行為のルールは、禁止事項の一覧だけを配っても定着しません。「なぜその行為が性暴力につながり得るのか」「子どもとの信頼関係を守るために、どういう距離感が望ましいのか」を研修で共有することで、従事者は安心して働けるようになり、周囲も声を掛けやすくなります。朝礼やミーティングで具体的な場面を話し合うことも効果的です。
7.ルールとあわせて整えたい環境
不適切な行為を防ぐには、個人の心がけだけに頼らず、そもそも起きにくい環境をつくることも大切です。たとえば、次のような運用ルールを組み合わせると、定めた内容が守りやすくなります。
- 子どもの写真・動画は、事業者が用意した端末で撮影し、保存場所と保存期間を決める
- 保護者や子どもとの連絡は、事業者の公式な連絡手段に限る
- 個別指導や面談は、ドアを開ける、外から見える部屋を使うなど、見通しのよい環境で行う
- やむを得ず一対一になる場面は、事前に上長へ伝え、記録を残す
こうしたルールは、従事者が「疑われない働き方」を具体的に知る手がかりにもなります。ルールに沿って行動していれば、従事者自身が誤解や根拠のない疑いから守られることにもつながります。
8.不適切な行為の6類型と例外を認める条件
事業の種類を問わず共通して押さえておきたい類型は、次の6つです。
- ①密室・死角での1対1:人目のない部屋や倉庫での個別指導などがリスクになります。原則として、子どもと密室や死角で1対1になる状況をつくらない。やむを得ない場合は、ドアを開放する、ガラス越しなど外から見える状態にする、時間を最小限にするなどの条件のもとで認め、事前または事後に管理職へ報告する。
- ②私的連絡(SNS等):個人のLINEやDM、消えるメッセージ、夜間の連絡などがリスクになります。業務外の私的手段で子どもと連絡を取らない。業務上必要な場合は、会社指定の公式手段を使い、保護者または管理者を含め、時間帯を制限する。
- ③身体接触:不必要に頭をなでる、膝に乗せる、長時間または頻繁に接触するといった行為がリスクになります。業務上必要な範囲に限り、必要最小限とする。介助や救護など指導上欠かせない場合は、見える状態で、範囲・時間を限定し、保護者への事前説明を行う。
- ④送迎・業務外の接触:業務外で個別に会う、同行する、送迎することはしない。災害や急病などの緊急時に限り、管理職や保護者への即時連絡と事後報告を条件に認める。
- ⑤撮影・画像データの保存:子どもの撮影・録画は会社が定める手順と端末で行い、私物端末での撮影や個人保存はしない。広報や記録で必要な場合も、会社指定の端末を使い、保存先を会社の管理領域に限り、アクセス権限を管理し、目的外に利用しないことを条件とする。
- ⑥特別扱い・秘密の共有・金品の授受:特定の子どもだけにプレゼントを渡す、「二人だけの秘密」をつくるといった行為はしない。行事等で全員に一律に提供するものは例外とする。個別の対応が必要な場合は、管理職と保護者の承諾を得て、透明性を確保し、記録を残す。
ポイントは、禁止事項だけを並べないことです。例外を認める条件(可視化、管理職への報告、保護者の承諾など)までセットで定めておくと、職員は「何をすれば認められるのか」がわかり、必要な関わりまで萎縮させずに済みます。
9.迷ったときの「5つの基準」
6類型に当てはまらない場面や、例外にあたるかどうか迷う場面もあります。そこで、業務上の必要性を判断するための共通の物差しとして、次の5つの基準をチェックシートにしておくことをおすすめします。
- 目的:その行為は、教育・保育・安全確保の目的に照らして本当に必要か
- 代替可能性:接触・密室化・私的連絡を避ける代わりの手段で、目的を達成できないか
- 透明性:第三者の視点や記録で説明できるか(誰に見られても適切だと説明できるか)
- 最小化:時間・頻度・接触範囲を必要最小限にしているか
- 同意:子ども本人や保護者に事前に説明し、同意を確認したか
運用ルールは、「5つの基準のうち1つでも満たさない行為は、現場の判断だけで実施せず、管理職に相談し、代わりの手段または実施条件(可視化など)を決める」とするのが基本です。ただし、転倒防止や救護などの緊急対応はこの限りではなく、必要最小限の範囲での実施を妨げないことも明記しておきましょう。
管理職に相談して実施を認めた場合は、その理由と条件を簡単に記録しておくと、後から「なぜ認めたのか」を説明できます。記録が積み重なれば、自社にとっての判断の目安にもなり、6類型の例外条件を見直す材料にもなります。
まとめ
不適切な行為の定めは、子どもと従事者の両方を守るための共通の基準です。ガイドラインの例示を出発点に、自社の業務の実態に合わせて具体化し、就業規則・研修・相談体制とつなげることが、認定申請や施行に向けた準備の中心になります。
日本版DBS認定運用サポートでは、社会保険労務士・行政書士として、不適切な行為の定めづくり、服務規律・就業規則の整備、研修、認定申請まで一体でご支援しています。自社に合ったルールづくりにお悩みの方は、お問い合わせからご相談ください。
※本記事は2026年9月時点の施行ガイドライン(2026年9月改訂)等にもとづいています。個別の事案については、最新の公表資料と専門家の確認のうえでご判断ください。
スクールカウンセラーの相談室のように、密室が仕事として欠かせない場面での工夫は、日本版DBSとスクールカウンセラーの密室対策で解説しています。
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参考資料
- 学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律(令和6年法律第69号)
- こども家庭庁「こども性暴力防止法施行ガイドライン」(2026年9月改訂)
- こども家庭庁「こども性暴力防止法に関するQ&A」(2026年9月18日改訂)(いずれもこども家庭庁の法律ページに掲載。2026年9月27日確認)