日本版DBSと労働条件通知書|「業務の変更の範囲」で配置転換できなくなる理由

日本版DBSと労働条件通知書|「業務の変更の範囲」で配置転換できなくなる理由

「性犯罪の前科が分かったら、こどもと関わらない事務の仕事に移せばいい」。日本版DBS(こども性暴力防止法)の準備を進める中で、こう考えている事業者は少なくありません。結論からお伝えすると、労働条件通知書に「業務の変更の範囲:保育業務(変更なし)」のように書いている職員は、本人の同意がなければ別の職種へ移せない可能性が高いです。この記事では、その理由と、2026年12月25日の施行前に確認しておきたい書類を整理します。

防止措置の中心は「こどもと接する業務から外すこと」

こども性暴力防止法は、犯罪事実確認で特定性犯罪の前科が分かった場合などに、その人をこどもと接する業務に就かせない措置(防止措置)を求めています。国のQ&Aは、内定者なら内定取消し、試用期間中なら本採用の拒否、すでに働いている職員なら配置転換などで対応するとしています。

ただし、こども家庭庁の解説資料は、法律に基づく防止措置であっても労働関係の法律の制約は外れないと明記しています。「法律で求められているから」という理由だけでは、配置転換を一方的に命じることはできません。

特に、施行前から働いている職員は、採用のときに前科の有無を書面で確かめていないことがほとんどです。国のQ&Aは、すでに働いている職員から今になって誓約書を取り、あとで虚偽が分かったとしても、「重要な経歴を詐称して雇用された」ことには当たらないとしています。つまり現職者については、経歴詐称を理由とする懲戒に頼れず、配置転換が対応の中心になります。だからこそ、配置転換ができるかどうかを今のうちに確かめておく必要があります。

配置転換を命じるには「契約上の根拠」が必要

配置転換は、労働契約の中に会社が配置を変えられる根拠があって初めて命じることができます。多くの事業者は、就業規則に「業務上の必要がある場合は、就業場所や職種、業務の変更を命じることがある」といった条項を置いています。

根拠がある場合でも、業務上の必要性がない、不当な目的がある、本人の不利益が大きすぎるといった事情があれば、権利の濫用として無効になります。もっとも解説資料は、防止措置としてこどもと接しない業務へ移すのであれば、業務上の必要性は一般に認められるとしています。

職種を限定する合意があると、同意なしには移せない

ここで重要なのが、2024年4月26日の最高裁判決(滋賀県社会福祉協議会事件)です。福祉用具の改造や製作を担う技術職として長く働いてきた職員に、本人の同意を得ないまま総務課への配置転換を命じた事案で、最高裁は次のように判断しました。

  • 職種や業務内容を特定のものに限る合意がある場合、使用者は本人の個別の同意なしに、その合意に反する配置転換を命じる権限を持たない
  • 権限があることを前提に「濫用ではない」とした高等裁判所の判断には誤りがある

この事案では、職種を限る書面はありませんでしたが、採用の経緯や長年の勤務の実態から限定の合意が認められていました。解説資料も、保育士などの資格職は職種を限定する合意が成立している可能性があり、配置転換を検討するときは注意が必要だと指摘しています。

「変更の範囲」の書き方が、限定合意の手がかりになる

2024年4月から、すべての労働契約の締結時と、有期契約の更新時に、就業場所と業務の「変更の範囲」を明示することが必要になりました。求人票にも同じ明示が求められています。この欄に何を書いたかは、職種を限定していたかどうかを判断する材料の一つになり得ます。

「業務の変更の範囲」の書き方の例 読まれ方の目安
保育業務(変更なし) 職種を限定したと読まれやすい
保育業務及び法人の定める業務 配置転換の余地を残している
記載なし(雇入れ直後の業務のみ) 明示の義務を果たしていないおそれ

ただし、範囲を広く書けば済むわけではありません。実際には同じ業務だけを続けてきた場合や、採用時に「保育士としてのみ働く」と説明していた場合は、書面と違う合意があったと判断されることもあります。また、すでに交付した通知書を会社だけで書き換えても、本人との合意の内容は変わりません。

限定合意が問題になりやすい職員の例

次のような職員は、書面の書き方にかかわらず、職種を限定する合意があったと主張されやすいと考えられます。施行前の洗い出しで、まず確認したい人たちです。

  • 保育士、看護師、児童指導員など、資格を条件に採用した職員
  • 求人票や面接で「〇〇として採用」と職種を特定して説明した職員
  • 長年、異動や職種の変更が一度もなく、同じ業務だけを続けてきた職員
  • 職種ごとに賃金表や手当が分かれており、他の職種へ移ると待遇が大きく変わる職員

反対に、就業規則に配置転換の条項があり、実際にも職種をまたぐ異動が行われてきた職場では、限定合意は認められにくくなります。どちらに当たるかは個別の事情で決まるため、判断に迷う職員がいる場合は、施行前に専門家と一緒に確認しておくと安心です。

限定合意がある職員に前科が分かったときの手順

国のガイドラインと解説資料をもとに、対応の流れを整理すると次のとおりです。

  1. すぐに接触を断つ:対応が決まるまでの間も、自宅待機を命じるか、こどもと接しない業務に就かせる。準備期間を理由にこどもとの接触を続けることは適当ではないとされています
  2. 本人の同意を得て職種を変える:限定合意があっても、本人が同意すれば職種の変更は可能です
  3. 出向・転籍を検討する:出向は就業規則などの定め、転籍は本人の個別の同意が必要です
  4. 退職について話し合う:合意による退職を検討します
  5. 最後の手段として普通解雇を検討する:配置転換などを十分に検討しても他に選択肢がない事情は、解雇が有効かどうかの判断で重要な要素として考慮され得ます。ただし最終的には裁判所が個別に判断します

解説資料は、職種を限定する合意があっても、他の職種への配置転換を本人に打診したかどうかが裁判で注目されることは珍しくないとして、打診を検討することが望ましいとしています。解雇を検討するときの注意点は「日本版DBS 解雇の注意点」、移せる職種がない場合は「配置転換先がないときの防止措置と解雇の考え方」で解説しています。

施行前に確認したい4つの書類

  • 就業規則:配置転換の条項に「職種」「業務」の変更が入っているか。出向を使う可能性があるなら、出向の定め(期間、地位、賃金など)があるか
  • 労働条件通知書・雇用契約書:「業務の変更の範囲」がどう書かれているか。限定合意がありそうな職員を洗い出す
  • 求人票・募集要項:これから採用する人の変更の範囲を、配置転換の可能性も考えて書いているか
  • 現職者への説明文書:特定性犯罪事実該当者と分かった場合は、こどもと接する業務に就けないことを事前に伝えているか

就業規則と防止措置のそろえ方は「防止措置を就業規則と整合させる実務ガイド」もあわせてご覧ください。

よくある質問

「変更なし」と書いた職員の通知書を、今から書き直してもよいですか?

会社が一方的に書き直しても、本人との合意の内容は変わりません。変えるなら、変更の理由を丁寧に説明したうえで本人の同意を得ることになります。同意の取り方を誤ると争いの種になるため、専門家に相談しながら進めてください。

職種が限定されていれば、配置転換を検討せずに解雇できますか?

解説資料は、高度な専門職などでは他の職種への配置転換を検討しなくても解雇が認められる余地があるとする一方、実際の裁判では配置転換を打診したかどうかが見られることが多いとしています。まずは打診を検討するのが安全です。

これから採用する人の求人票には、何と書けばよいですか?

雇入れ直後の業務に加えて、将来の配置転換の見込みも含めた範囲を書きます。こどもと接しない業務への配置転換があり得るなら、その可能性が読み取れる書き方にしておくことが考えられます。ただし、実態のない広い範囲を書くと、かえって説明と食い違うおそれがあります。採用面接での説明とそろえておきましょう。

パートやアルバイトにも関係しますか?

関係します。「変更の範囲」の明示は、正社員だけでなく、パート・アルバイトや契約社員を含むすべての労働契約の締結時と、有期契約の更新時に必要です。有期契約の職員を契約期間の途中で解雇するには「やむを得ない事由」が求められ、期間の定めのない職員よりも厳しく判断されます。更新のたびに交付する通知書の書き方も確認してください。

日本版DBS認定運用サポートでは、社会保険労務士・行政書士・公認心理師の立場から、就業規則や労働条件通知書の見直し、防止措置の進め方をサポートしています。

雇用契約書と労働条件通知書の違いや、作成を頼む専門家(行政書士・社労士)の分かれ方は、「雇用契約書と労働条件通知書の違い|行政書士と社労士の役割分担」で解説しています。

まだ何も決まっていない段階でもご相談いただけます。初回のご相談は無料です。自社が対象になるかどうか、先に整える書類、着手する順序を確認できます。

公式資料

TOP