日本版DBSにおける従事者研修:学習塾・スポーツクラブの実務対応

日本版DBSにおける従事者研修:学習塾・スポーツクラブの実務対応

日本版DBS施行で変わる「子どもの安全確保」

2026年12月25日に施行される「こども性暴力防止法」(通称:日本版DBS)は、子どもと接する業務に就く人の性犯罪歴を確認し、性犯罪歴のある人が子どもに関わる仕事に従事することを制限する画期的な仕組みです。学習塾やスポーツクラブといった民間教育事業者もその対象となり、講師が3人以上、6カ月以上の継続的な活動があり、同じ子どもが複数回参加する事業は、この法律の適用を受ける可能性があります。

日本版DBSの導入は、単に性犯罪歴の確認義務だけでなく、事業者に対して「安全確保措置」としてさまざまな取り組みを求めています。その中でも特に重要なのが、従事者への定期的な研修実施です。本記事では、この研修を実効性のあるものにするためのポイントを、提供された「司法面接実施の手引き」の知見も踏まえながら詳しく解説します。

従事者研修が求められされる理由

日本版DBSにおいて研修が義務付けられるのは、単なる法令遵守のためだけではありません。子どもたちを性暴力から守り、安全な環境を構築するために、以下の4つの観点からその必要性が説明されています。

  • 加害の抑制と「認知の歪み」の是正:研修を通じて、性暴力の発生要因や子どもの権利を正しく理解することで、加害者の「子どもも喜んでいる」「少し触るくらいは大したことではない」といった誤った認識を是正し、加害を未然に防ぐ効果が期待されます。
  • 被害の早期発見:子どもは発達段階や加害者との関係性から、自ら被害を訴えることが難しい場合が多くあります。従事者が研修によって子どもの心身や行動に現れる些細な変化やサインを察知するスキルを身に付けることは、潜在的な被害を早期に発見するために不可欠です。
  • 二次被害の防止と適切な初動対応:性暴力の疑いが生じた際、不適切な聞き取りを行うと、子どもにさらなる精神的苦痛を与える「二次被害」や、記憶が変容してしまう「記憶の汚染」のリスクがあります。研修により適切な報告ルートや対応フローを学ぶことで、組織として子どもの保護・支援を最優先にした正しい初動対応が可能になります。
  • 現場での共通認識形成:性暴力に至る前段階の「不適切な行為」(例:私的なSNS交換、不必要な密室化、過度な身体接触など)の範囲は、事業の特性や子どもの年齢によって異なります。演習を通じて、自施設における具体的なルールを全従事者で共有し、議論できる環境を整えることが、性暴力が発生しにくい職場づくりにつながります。

実効性のある研修を実現するためのポイント

研修は、単に知識を伝えるだけでなく、従事者が現場で「具体的に何をすべきか」を理解し、実践できるようになることが重要です。そのためには、「座学」と「演習」を組み合わせた形式が必須とされています。

1. 子どもの特性を理解する

子どもへの対応は、大人のそれとは大きく異なります。特に以下の点を研修で深く掘り下げることが求められます。

  • 記憶の特性と発達段階:子どもの記憶は大人とは異なり、発達段階によって物事の捉え方や表現方法、コミュニケーション能力が大きく影響されます。
  • 文化的・社会的な背景:日本の文化や社会では、子どもがナラティブな会話(自分の言葉で出来事を自由に語る形式)に慣れていないことや、大人に対して従順な態度を取りがちであるという特性があります。そのため、誘導的な質問や選択肢を与える質問は、子どもが推測で答えてしまったり、誤った情報を提供したりするリスクが高まります。

2. 「司法面接」の基本原則を学ぶ

子どもが被害を語る際の聞き取りには、専門的な「司法面接」の知見が不可欠です。研修では、以下の基本原則を学ぶことが推奨されます。

  • 目的と役割の明確化:司法面接の目的は、子どもの安全確保、事案の解明、適切な法的判断のために、より正確で多くの情報を子どもから収集することです。面接者は、子どもが自分の役割(話す人)を理解し、主体的に語れるようサポートします。
  • ソーシャルサポートの徹底:子どもが安心して話せるよう、心理的な負担を軽減する言語的・非言語的サポートが重要です。具体的には、子どもの名前を呼ぶ、子どもの言葉を使う、沈黙を受け入れる、落ち着いた態度で接する、不必要な身体接触を避けるなどが挙げられます。特に、不安や自責の念を口にした子どもには、その気持ちを否定せず受け止め、「あなたが話したことは悪いことではない」と伝えることが大切です。
  • 質問技法の習得:
    • 再生法(recall question)の活用:子どもが自身の記憶に基づいて、自発的に出来事を語る「ナラティブ」を促すオープンな質問(「もっとお話ししてください」「続けてください」など)を主軸とします。特定の話題に焦点を絞る「焦点化されたナラティブの要求」や、「何が起こりましたか?」のような「WH質問」も有効です。
    • 誘導的・示唆的な質問の回避:多肢選択質問や「はい/いいえ」質問は、子どもが推測で答えたり、誤った情報を提供したりするリスクが高いため、最小限に抑え、他の質問方法がうまくいかない場合にのみ慎重に用いるべきです。
    • 詳細な質問への配慮:子どもの発達段階によっては、虐待行為の日時や頻度、体の詳細な部位について具体的に話すことが困難な場合があります。過度な詳細を求める質問は、子どもに心理的な負担をかけ、不正確な情報につながる可能性があるため、避けるべきです。
  • 録音録画の重要性:司法面接の様子は、子どもの供述内容や態度を含め、後日確認・検証できるよう録音録画することが不可欠です。録画機器の電源確認、バックアップの確保、適切なアングル(子どもと面接者の全身が映る)など、技術的な注意点も研修で共有します。

3. 実践的な演習を取り入れる

座学で得た知識を現場で活かすためには、具体的な演習が不可欠です。研修では以下の内容を盛り込みましょう。

  • 「不適切な行為」の具体例議論:自施設における「不適切な行為」の範囲について、従事者同士で議論し、共通認識を形成する演習を行います。
  • 相談対応シミュレーション:子どもや保護者から性暴力の相談を受けた際の初動対応をシミュレーションし、適切な聞き取り方、情報共有、記録方法などを実践的に学びます。
  • 初期聴取の正しい進め方:子どもが被害を開示した場合の初期聴取は、その後の司法面接に影響を与えないよう、最小限の情報収集に留め、適切な方法で記録することが重要です。この際のロールプレイングなども有効です。
  • 面接室の環境整備:子どもが落ち着いて話せる面接室の配置、雰囲気、座席、おもちゃなど、チャイルドフレンドリーな環境づくりのポイントを共有します。

4. 継続的な学びと組織的サポート

研修は一度行えば終わりではありません。継続的な学びと組織全体のサポート体制が重要です。

  • 定期的な研修とフォローアップ:司法面接に関する知見は常に発展しているため、定期的な研修や勉強会、そして面接者同士のピアレビューを通じて、技術向上と知識の更新を図ることが求められます。
  • 多機関多職種連携の理解:子どもに対する性暴力事案は、児童相談所、警察、検察、医療機関など、複数の専門機関が連携して対応することが不可欠です。研修では、これらの機関の役割と連携の重要性を理解し、スムーズな協力体制を築くための意識を醸成します。

研修記録の重要性

研修を実施したという事実を証明するため、記録は必ず残しましょう。以下の項目を記録することが推奨されています。

  • 研修の実施日時
  • 研修内容(座学と演習の具体的内容)
  • 参加者(氏名、所属など)
  • 研修の形式(対面、オンライン、ハイブリッドなど)
  • 研修で使用した資料

まとめ:子どもを守る組織文化の醸成へ

日本版DBSの導入は、学習塾やスポーツクラブの経営者にとって、新たな責任と課題をもたらしますが、同時に子どもたちの安全をより確かなものにする機会でもあります。従事者研修は、単なる義務ではなく、子どもを守り、保護者から信頼される事業者として成長するための重要な投資です。

本記事でご紹介したポイントを踏まえ、自社の実情に合わせた実効性のある研修を実施することで、子どもたちが安心して学び、活動できる環境を共に築いていきましょう。複雑な法対応や研修内容の策定に不安がある場合は、専門家チームのサポートを活用することも有効な手段です。

※本記事の内容は、令和8年3月25日現在における下記の資料に基づいたものです。

・こども性暴力防止法施行ガイドライン
・横断指針

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